ゴマメのスマタ・第3回・同時に喋りたい

 ゲームのシナリオってパスティーシュ(模倣)が多くて、オリジナルな何かを打ち立てるという意味では一歩引けを取ると思います。
 もちろん、それでも文学は成立するし、それ故に内容も粗悪であるというわけではないんですが、文学として批評の対象になるかと言えばまだまだその域ではないし、戯曲のように様々な角度から分析されているものでもない。
 ゲームシナリオは外側から見るとまだまだ未知数な部分が多いと思います。

 そんな中でゲームのシナリオとは? みたいなことを紐解いていこうというのがこの随筆の隠れたテーマなんですが、いろんな文芸作品がある中で、ゲームほど『同時に喋る』が難しいメディアって無いんじゃないかなと思います。

 と、今回も意味のない写真を挿入しながら進行いたしますが、たとえば小説の場合、

「それはヒロシくんが悪いよ」
「ヒロシくんに罪はないわ!」
 ――五郎と京子は同時に口に出した。

 と、地の文で書いてしまえば読者は頭の中で組み立ててくれるのでなんとかなる。
 アニメや舞台では普通に同時に喋ればいい。
 でもゲームの場合、ウインドウが複数同時に出せるようなゲームならともかく、ひとつのウインドウでセリフを捌いているゲームで『同時に喋る』は、ほぼ無理なんですよ。

「そヒれロはシヒくロんシにく罪んはがな悪いいわよ!」

 ……と、セリフを合成するという手はあるけど、おそらくこれ、一生で一度しか使えない荒業で、僕はもう2度使ったので2回転生するまでもう使えません。

 同時に喋るケースなんてめったに無いし、避けようと思えば避けれる。……と言われたらそのとおりですが、同時とまで言わなくても――

「そこで私からの提案が――」
「ちょっと待ったぁっ!」

 のようなケース、最初のセリフのあとでユーザーのボタン入力を待たないといけないという制約が(ほぼすべてのゲームに)ありますので、アニメやドラマのようにスルッと流れるようには表現できないんですね。
 セリフだけならまだしも、ユーザーがボタンを押すまで、『提案が――』のポーズで留め置かれるキャラのことを考えると――

「ライダァ・キィィィィック!」
「させるかぁっ!」

 と言ったケース、特にカメラ寄れないし、イメージ背景に置き換えも出来ないようなケースだとかなり悩ましい画面になると思います。

 でもまあそんな極端な例を除いたら、たいがいの場合、慣れと思いきりでなんとかなるのもまた事実で、

「いやもう、昨日の映画、トム・クルーズがめっちゃカッコよくて」
「……の件だけど……の……について……」
「俺もう、映画館出る時、すっかりトム・クルーズになってたからね」
「……ですけど、大丈夫ですか?」
「ごめん、隣の奴のトム・クルーズ談義がうるさくて聞き取れなかった」

 と、このように、同時に言ってるセリフをバラけさせて書いても、ユーザーさんは脳内でちゃんと組み立ててくれます。そういう部分はまあ、良いのです。
 ゲームのこの特徴によって一番表現し難いと思うのは『ボケ・ツッコミ』ですね。

「このメニューの『モスカス』って、何?」
「それは動物だよ。俺たちは普通に食べてるよ」
「動物ったっていろいろあるじゃん。牛とか、豚とか……」
「飛んでる奴」
「飛んでるって、鳥? でも鶏は飛ばないしなぁ……」
「ほら、あの、ぶ~んって、牛のまわりを――」
「ハエじゃねぇかよ」

 の、「ハエじゃねぇかよ」は、前のセリフにかぶせ気味に行きたいじゃないですか。

「汝は健康なるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、この者とともに助け合うことを誓いますか?」
「うーん。いざ聞かれると迷うー……」
「クレア、躊躇してるぞ……」
「そりゃそうだ。クレアがあんなヤツと結婚なんかするわけがない」
「もう一度訪ねます。
 汝は健康なるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも…… 資産の20億を有効に活用して、ふたりで楽しく暮らすことを誓いますか?」
「誓います!」

 の、「誓います!」は、食い気味に行きたいじゃないですか。
 そういった小技を効かせるのはなかなか難しいです。

 こういった特徴は、『同時に喋れない』、ならびに『ユーザーが任意でボタン送りをする』という二つの仕様からもたらされます。
 たとえば舞台やアニメではセリフとセリフの間や、演技のあいまあいまに『間』があるじゃないですか。小説だと地の文でテンポ感をコントロールできますし。
 でもゲームの場合、ユーザーが間合いをコントロールできてしまいます。
 書き手として『どうしてもここは考えあぐねている雰囲気を出したい』という場合には、『……』を入れるよりなくて、他の文章だと絶対書かないようなとこにもつい『……』を使ってしまいます。この『……』の多用はAボタン連打流し読み最適化みたいなもんだと、自分では思ってるんですが、癖になってしまうのは良くないなとも感じています。
 それから、ゲームでは『……』は使うけど『――』はあまり使わないような気がします。セリフを途中でバスっと切ったような『――』で終わらせたいところも『……』で終えてるケースが多い気がします。ただこれは、僕がプレイしているゲームに偏りがあるせいで、ノベル系から来た人が多いジャンルでは違うかもしれません。

 まとめますと、ゲームのシナリオは絵的にはアニメに近い表現を取りながら、文字を読ませるタイミング的には小説に近く、それでいて地の文でテンポ感をコントロールできない、という特徴があると言えるでしょう。

 あと最後に、『同時に喋れない』の特殊パターンとして、『喋りとモーションの同期』についても触れておこうと思います。

 わかりやすい例で言うと、ゲームでは基本的に『走りながら喋らせられない』のです。
 不可能ではないのですが、喋り終わりのタイミングはユーザーがボタンを押したタイミングになるので、走りながら喋るキャラは、喋りが終わるまで走り続けるか、走り終えているのに走ってるときのセリフを喋ってるか、というモーションとの兼ね合いをどうするかを考えないといけなくて、これがゲームによって仕様がバラバラで、一概にこうすれば良いという万能の対処法がないんです。
 プロジェクトの最初のうちに、

「(走りながら)もうすぐ城に着くぞ!」

 みたいな一文をスルッと差し込んで、ディレクターやスクリプト担当者がどんなリアクションをするか確認してみると言うのも手ですけど、たいがい嫌がると思います。
 セリフのところは空を映しておいて、次に走ってくる絵を入れる、みたいな感じで逃げることはできます。手慣れたスクリプターさんだったら勝手にやってくれたりすることもあるので、まずはやりたいことを書いて調整して詰めていく、というのが正解じゃないでしょうかね。
 
 同様に、

「(モンスターに肉薄されながら)ここは俺が抑える!」

 というのも非常に難しいです。
 シナリオでちゃんと書いたつもりでも、上がってきたカットシーンを見るとモンスターが棒立ちしてる、みたいになることがあるので、スクリプト書く人と密に連携するしかない。とくにカメラをアップにできない仕様のゲームだと逃げようがない。

 と、ゲームで表現するのが難しい案件をつらつら書きましたが、逆に言うと、新しい表現を発明するチャンスでもあると思うんです。いまアニメやドラマ、あるいはマンガででも定番となってるカット割りやコマ割りだって、細かい発明を積み重ねられてできたものなんですから、新しいメディアにはやっぱり新しい発明が必要ですよ。

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